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2009年6月28日日曜日

ナバロンの要塞



監督:レニー・ハーリン

キャスト
マーク・ウォールバーグ
ティム・ロス
ベニチオ・デル・トロ
ミラ・ソルヴィーノ


公開年度は1961年。あの当時からすると、すごい撮影である。
もちろんいまの撮影技術からすると、見劣りするが、それでもなかなか迫力のある映像だ。

しかし、この映画の一番のよさは人間ドラマがしっかり描けているところではないだろうか。
グレゴリー・ペック、アンソニー・クイン、デヴィッド・ニーヴン等、癖のある役者たちのアンサンブルは見ものだ。

それぞれが反目し、不信感を抱きながらも危機を乗り越えるたびに少しずつ仲間を信頼していく姿をうまく表現している。



これだけ主演級の役者が集まるとそれぞれが目立たなくなりそうだが、どのキャラクターも見せ場を持ちながらもいやみのない作品になっている。

特にデヴィッド・ニーヴンは気品とユーモアのある演技で存在感がある。

アンソニー・クインは顔の濃さに負けず劣らずの派手な赤シャツを中に着込んで、ラストではひと際目立っている。

アンソニー・クインといえば、フェリーニの「」の演技が強烈だった。
子供の頃に見たときは彼のことを役者とは思わず、本当に大道芸人だと思っていた。
ちなみに彼には13人の子供がいるそうだ。子供だけで、野球チームどころかサッカーチームまで作れてしまう。(補欠も)
こんな人が日本にたくさんいれば少子化は防げるのだろうけど、子供を養うのは大変そうである。

ナバロンの要塞」に話を戻そう。
この映画のストーリーを簡単に紹介すると、ギリシャのエーゲ海、ナバロン島(架空の島)に設置されたドイツ軍の二門の大砲を破壊するため、6人の特殊工作員が集められる。エーゲ海は独軍の制圧下にあったため、6人はナバロン島南部の400フィート(約122メートル)のほぼ垂直の絶壁に見張りの歩哨がいないことから、そこから侵入する作戦を決行する。

この映画の原作は、アリステア・マクリーンの冒険小説で、見所はもちろんアクションだが、人間ドラマとしてもおもしろく、芸達者な役者たちがそれに見事に応えている。あわせて脚本家のカール・フォアマンがすばらしく、興行面を考慮して原作には登場しない魅力的な女性をストーリーに加えたことがこの映画の成功に一役買っていると思う。

今の時代にリメイクするなら、アクション面の撮影は当時に較べて考えられないほど進歩しているので、それを上回るのは容易だと思う。しかしいまの観客はそれにもう十分に慣れているので、逆に超リアル志向で、CGなしのスタントマンなしで、できるだけ本物を使ってみるというのはどうだろう。

実現したら、あの崖をのぼるシーンはかなり迫力がありそうだが、俳優にかける保険代が高くつくだろう。(というか保険会社がOKしない?)
byブック・オーシャン









ナバロンの要塞 コレクターズ・エディション
とても40年以上前に製作された映画とは思えない迫力です。

2009年6月26日金曜日

天国から来たチャンピオン



監督:ジェームズ・マンゴールド 音楽:ガブリエル・ヤーレ

キャスト
ホアキン・フェニックス
レイチェル・ワイズ
ベニチオ・デル・トロ


1978年の「天国から来たチャンピオン」はとてもキャスティングのいい映画だった。
そのときのキャストは、ウォーレン・ビーティー、ジュリー・クリスティ、ジェームズ・メイソン、ジャック・ウォーデン、チャールズ・グローディン、ダイアン・キャノン。

それぞれが無理なく演じているというか、得意な芸を披露しあっているというような感じだった。監督も務めたウォーレン・ビーティーはさぞかし演出がしやすかったのではないだろうか。



この映画の成功のもうひとつの要因はデイブ・グルーシンの音楽だと思う。IMDB(The Internet Movie Database)によると、主題歌をポール・マッカートニーが作曲したそうだが、ウォーレン・ビーティーが気に入らなくて、映画の中では使われなかったそうである。当時ウィングスで活躍していたポールの作品を断るとは、ウォーレン・ビーティーもたいしたものだ。実際、音楽面ではすばらしい映画だったから、使わなくて正解だったのかもしれない。

この1978年の映画も、リメイクである。もとは1941年の「幽霊紐育を歩く」。この映画は舞台を映画化したもので、その年のアカデミー脚色賞、原案賞を受賞していて、なかなかよい作品のようだ。(わたしは見ていないのですが)

調べてみると、2002年に主演クリス・ロックでリメイクされているようである(日本未公開)。これまた未見なのでなんともいえないが、せっかくリメイクしたのに、成功していないのは残念だ。

こちらの作品は、主人公の職業がコメディアンになっているようだ。題名は、「天国からきたチャンピオン2002」。リメイクだから仕方がないのかもしれないが、アメフトの選手から、コメディアンに職業を変えて(オリジナルはボクサー)はもはや題名の「チャンピオン」は意味がない。ついでにいうなら、1978年版も別に「チャンピオン」が天国から来るわけではないので、おかしな邦題だが。

「天国から来たチャンピオン 2002」では黒人であるクリス・ロックが白人の金持ちの体に乗り移るという設定で、人種間のギャップという新しい要素を加えているのはおもしろいと思う。

もし新たにリメイクをつくるとしたら、主演にホアキン・フェニックスはどうだろうか。彼は兄のリバー・フェニックスとはまた違った独特の雰囲気を持っている。

彼が何かスポーツできるなら、ぜひ「天国から来たチャンピオン」の主人公はスポーツマンにしてもらいたい。何かを目指す人物としては、主人公はコメディアンでも構わないとは思うのだが、このストーリー自体にコメディの要素が含まれているので、まるでドライカレーの上にさらにカレーをかけるようなもので、どちらのよさも引き出さないように思う。

結果論になるが、「スポーツマン」というのが、きっとこのストーリーには必要な要素だったのではないだろうか。
byブック・オーシャン










シネマジック
おすすめのCDです。ドラマチックな音楽もいいですけど、デイブ・グルーシンの爽やかなメロディは、映画を徐々に盛り上げてくれます。
収録曲が使われている映画:天国から来たチャンピオン、トッツィー、恋におちて、チャンプ、コンドル他。

2009年6月17日水曜日

チャンス



監督: ロバート・ゼメキス

キャスト
ビル・マーレイ
ポール・ニューマン
アネット・ベニング


ピーター・セラーズの代表作といえば、「ピンク・パンサー」シリーズだと思うが、彼の映画の中ではこの「チャンス」が好きだという人も多いのではないだろうか。

この映画は、読み書きができず、数十年間家の外に出たこともない純粋無垢な庭師が、大統領候補になるまでを描いたコメディである。

このような無茶なストーリーをピーター・セラーズの名人芸、まわりを固めた名優たちによって説得力と社会風刺を含んで描いている。

共演は、メルヴィン・ダグラス、シャーリー・マクレーン、ジャック・ウォーデン。
特にシャーリー・マクレーンはマスターベーションのシーンもおもしろく(?)、名演を見せてくれる。このシーンは17回も撮影されたそうだ。まわりのスタッフも、もちろんシャーリー・マクレーンも大変だっただろう。



ピーター・セラーズもアカデミー賞候補になった演技はすばらしく、「博士の異常な愛情」で見せたオーバーアクトな怪演とは正反対で、「何もしない」ことで、笑いを誘うという天才的な芸を見せてくれる。

「フランス人」「イタリア人」「インド人」「中国人」と作品に応じて、発音や声を変えてディフォルメした人物たちを演じていた彼であるが、この「何も個性がない」(このことが個性ともいえるが)人物をも見事に演じてしまうのはさすがだ。

もしこの映画をリメイクするとしたら、主演には二代目クルーゾー警部(「ピンク・パンサー」)を演じたスティーブ・マーティンも考えられるが、もっとふさわしい人物がいる。
彼は「何もしない」ことで観客の笑いを誘う芸をひたすら極め続ける俳優である。お化け退治をしていても、海に冒険に出ていても、にこりともせずに、演じきってしまう俳優。そう、彼の名はビル・マーレイ。

知らなすぎた男」(1998)では、知らないあいだにイギリスとロシアの諜報員同士の争いを解決してしまった。彼なら知らないあいだに、大統領候補になっても不思議ではない。

ソフィア・コッポラ監督作「ロスト・イン・トランスレーション」(2003)では哀愁に満ちた中年男を好演し、ゴールデグローブ賞をはじめ数々の演技賞に輝いた。

数十年間、外界から遮断された環境で生活してきたチャンシー・ガーディナー(Chauncey Gardiner)役は本当に難しい役だと思う。彼は、社会の中で交わされている言葉の多くが、隠喩を含んでいるとも知らず、庭師としてじっくりと考え、素直にそれにこたえていく。聞くほうもチャンシーの言葉が意味の深い隠喩を含んでいる言葉であると勘違いしてしまう。

観客にたいして、そのリアリティを保つために、彼は何も深くは考えていないことを示しながら、同時に他の登場人物たちに向けて、「この男は、なにか奥深いことを考えている」と思わせる演技をしなければならない。

まさしく、ビル・マーレイにうってつけの役だと思うのだが、どうだろうか。

この1979年の「チャンス」は名作だとは思うが、不満に思うところもいくつかある。

特に不満に思うのは、エンドクレジットと一緒に流されるこの映画のNGシーンである。一時期香港映画などでよく見られたが、いまではほとんど見ることができない。

観客は映画が終わったあとも、しばらくその余韻に浸って、いま見た映画について考えたいと思うのだが、NGシーンなどを見せられるとあっというまに現実に戻されてしまう。

特に俳優自身にとっては自分の仕事の失敗を観客に晒すことになるので、演技に対してプライドを持っているような俳優は不満に思うのではないだろうか。

ピーター・セラーズも、NGシーンには反対していたようである。カンヌ出品時にも、それを外してくれるようにプロデューサーに頼んだが、聞き入れられなかったという。

この役でアカデミー賞主演男優賞にもノミネートされていたが、このNGシーンが原因でそれを受賞することができなかったと考える人も多いそうだ。

もうひとつこの映画で不満に思うのは、なぜラストのシーンで、彼を人間とは違う存在で描いたのかということだ。もともとの脚本では、別のラストシーンが予定されていたそうである。撮影中のある日、監督であるハル・アシュビーが他の監督とこの映画の撮影について話す機会があった。そこで、彼はこの映画の撮影があまりにも、順調なので「まるで空を歩いているようだ」と語ったそうだ。その瞬間、彼はこのアイデアを思いつき、映画に取り入れたそうである。(インスピレーションを大切にしすぎ?)

この映画は、無知の人間が政治の主要な位置に行くことで、巻き起こる騒動を描いている。そして、その主題は政治の世界に対する批判、また日々進歩する文明生活にたいする疑問などだと思うのだが、チャンシーが人間とは違う存在ならば、すこし意味が違ってくる。

このエンディングのため、この映画は少し不思議な印象を全体に与えている。

この映画の原作である「庭師 ただそこにいるだけの人」が27年ぶりに新訳で復刊した。
映画も新キャストでリメイクしてはどうだろうか。
by ブック・オーシャン

参考:Internet Movie Database
allcinema online
goo 映画









DVD チャンス
ピーター・セラーズの遺作。
庭師 ただそこにいるだけの人(飛鳥新社)
27年ぶりに新訳で復刊。映画「チャンス」の原作。


2009年6月13日土曜日

大統領の陰謀



監督:ジョエル・シューマカー

キャスト
マット・デイモン
イーサン・ホーク


2005年5月31日、ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件で、重要な役割を果たした内部情報提供者(ディープスロート)は自分であると、元FBI副長官のマーク・フェルトが告白した。

事件の真相究明を行っていたワシントン・ポストのボブ・ウッドワードとこの「ディープスロート」との関係は、1976年の「大統領の陰謀」の中で描かれている。

ここではその「大統領の陰謀」のリメイクを考えてみたいと思う。

アラン・J・パクラ監督の「大統領の陰謀」はニクソン大統領の辞任の二年後に公開されている。当時盛んに報道されていたウォーターゲート事件からまだ熱が冷めていない時期だったため、観客はある程度その事件に関する知識を持っていることを前提にこの映画は作られた。



そのため、のちにDVDやその他の媒体でこの映画を見る、当時の状況を知らない世代や、アメリカ国外の人々にとっては少々理解しがたい内容になっている。

それに加えて、現実感を出すためにドキュメンタリータッチで淡々と描かれているので、事件に関心のない観客にとっては、退屈な印象を与えるものになっている。またエンターテイメントより事件に対しての検証の意味合いも強く、事件に関するディティールにかなりこだわっていることも単調な印象を与える要因になっている。

たとえば、実際にウォーターゲート・オフィス・ビルへの侵入者を発見した警備員がその役で出演していたり、ロバート・レッドフォードがホワイトハウスに電話をかける際には本当の電話番号をダイアルしたりしている。

世界で最も影響力を持つ人物の一人を失脚させた事件だけに、この題材は実に魅力的だと思う。もう一度、世界市場にターゲットを合わせて、ドキュメンタリータッチではなくドラマチックにこの映画を撮ることは意味があるのではないだろうか。

大衆娯楽映画の監督として常に手堅い演出をみせるジョエル・シューマカーが監督ではどうだろうか。

ロバート・レッドフォードが演じた熱血漢ボブ・ウッドワードには、イーサン・ホーク。ニコラス・ケイジを執拗に追う、「ロード・オブ・ウォー」でのインターポールの刑事役はなかなかの名演だった。

ダスティン・ホフマンが演じた文才のあるカール・バーンスタインには、マット・デイモンが合うように思う。アカデミー賞脚本賞を受賞した経験を持つ彼なら、適役ではないだろうか。

前作は完全にジャーナリズムが正義というような描き方だったが、ジャーナリズムの問題点を同時に盛り込むと違った側面が描けるかもしれない。
by ブック・オーシャン









大統領の陰謀 スペシャル・エディション
ロバート・レッドフォードの音声解説がうれしい特典です。
大統領の陰謀―ニクソンを追いつめた300日 文春文庫
「ディープスロート」の告白でまた読み方が変わってきますね。

2009年6月11日木曜日

クリスマス・ツリー



監督:デヴィッド・リンチ

キャスト
ベニチオ・デル・トロ
スティーブ・ブシェミ
シャロン・ストーン


今回は、1969年公開の「クリスマス・ツリー」のリメイクを考えてみたいと思う。

この映画はミシェル・バタイユのベストセラー小説を映画化したものだ。あらすじは、「goo 映画」に詳しく載っているので、そちらを引用したいと思う。
(注 ネタバレあります)

十歳になるパスカル(B・フラー)は、夏休みを父ローラン(W・ホールデン)とコルシカ島で過ごした。母はいなくても、パスカルには、父の恋人カトリーヌ (V・リージ)も、仲良しのおじさんベルダン(A・ブールビル)もいたし、寂しいことはなかったが、父と二人のコルシカでのキャンプはまた格別だった。が、或る日、二人が釣りを楽しんでいた時、近くに核爆弾をつんだ飛行機が墜落した。その日から、パスカルは体の不調を訴えるようになった。パスカルは、放射能のため白血病に侵されていたのだった。医師は、ローランにパスカルの命はあと半年と宣告した。




ローランは、あと半年をパスカルの思い通りに過ごさせてやろうと決心し、パスカルの欲しがるものはすべてあてがった。オモチャ、トラクター、そして狼までも。ローランと真相を知ったカトリーヌ、ベルダンは協力し、狼を欲しがったパスカルに、動物園から盗みだした狼を、あてがったのだった。夏が過ぎ、枯葉が散って、クリスマス・イブが、やってきた。美しいツリーが部屋にかざられ、プレゼントが山のように積まれた。静かなイブの夜が過ぎていくかに思われた。がパスカルへの最後の贈物を買うため外出したローランとカトリーヌが戻った時、ツリーの下でパスカルは永遠の眠りについていたのだった。(goo 映画より)

元祖難病ものの映画ともいうべきこの作品の監督は、007等の映画監督で知られるテレンス・ヤングが務めている。

父親のローランは、息子が余命半年であることを聞くと、会社を辞め、できる限り息子と一緒にいようと決心する。息子には病気のことは告知せず、自分が病気だからと嘘をつき、息子に学校を休ませる。実は息子は病院で看護士の立ち話を聞いており、自分の運命を知っているのだった。

涙もろいわたしなどは、途中から辛くて見ていられなかった。しかしこの父親の行動は、賛否両論あるものだと思う。中には、きちんと息子に病気のことを告知して、事実を受け止めさせるべきだという人もいるだろう。そして、こどもを甘やかしすぎであると。

わたしは、ローランの行動に賛成だ。あと半年の命を好きなようにさせたい、と思うのは親なら当然ではないだろうか。自分は仕事を辞めて、困ることになっても、まだ命はあるのだ。そしてこどもはまだ人格形成の時期にある。これからの人生があるならば、甘やかして育てることはこどものためにはならないが、十歳のパスカルは、もう大人になることはないのである。彼の人生は、彼の世界は、もうすぐ終わりを迎えようとしているのだ。そのようなときに、将来のための教育をする意味があるだろうか。

リメイクするなら、「ストレイトストーリー」を監督したデイヴィッド・リンチに撮ってもらいたいと思う。

お涙頂戴のこれ見よがしなドラマではなく、彼の視点で客観的に淡々と描いてほしい。

主役のローランにはベニチオ・デル・トロ、彼の友人にはスティーブ・ブシェーミ、ローランの恋人には、シャロン・ストーン。

名前だけをみると、まるで誘拐犯チームのようなメンバーだが、ありふれたキャスティングではなく、ひとりの男の決断と、それを見守る友人と恋人を、リアリティをもって力強く演じてほしいと思う。

少年役は思いつかないが、かつてのリバー・フェニックスのような険しい表情のできる子役がいいと思う。自分の人生をしっかりと受け止めながら父親を慕う少年を演じてもらいたい。

こんなリメイクはどうだろうか。
by ブック・オーシャン








ビデオ「クリスマス・ツリー」
何度見ても泣いてしまいます。

2009年6月8日月曜日

暴力脱獄



監督:マイケル・マン

キャスト
ブルース・ウィリス
ラッセル・クロウ
ティム・ロビンス


キリストを描いた映画は数多くあるが、これほどユニークなものはまずないだろう。
今回は、この「暴力脱獄」(1967年公開、原題"Cool Hand Luke")のリメイクを考えてみたいと思う。

メル・ギブソンは「パッション」でできるかぎり、リアルにキリストを描こうとした。
しかし、実際に服役経験のあるドン・ピアーズ(「暴力脱獄」の原作者)はキリストとユダの物語を象徴的に牢獄を舞台に描こうと試みた。(この映画の主人公ルークの囚人番号37はルカ福音書1章37節からきている)

この映画の主人公ルークは偉大な人物ではなく、また大きな目標を持っているわけでもない。ただ体制や、社会のルールに恐れず、生きているだけだ。牢獄のような惨めなところに入れられていても彼は涼しい顔で過ごす。そこへ入れられた理由は、パーキングメーターを工具で切断したというものだ。なぜそんなことをしたのか、と聞かれると、「田舎じゃ、ほかにすることがなくてね」などと答える。



こんなルークをまわりの囚人たちはこころよく思わない。囚人は、この惨めな場所と同じく惨めに希望を失って生活するものだと信じきっているからだ。そこで牢名主のドラッグライン(ジョージ・ケネディ)が見せしめのために彼をボクシングで痛めつけようとする。ルークはやはりドラッグラインにこてんぱんにされるが、どれだけ打ちのめされても彼は立ち上がってくる。ついには、ドラッグラインは、ルークを倒すことをあきらめる。

このことをきっかけに、ルークの存在は、牢獄内の希望の象徴になっていく。
この他にも有名な一時間で卵を50個食べるという「奇跡」も起こす。このキャラクターの秀逸なところは、彼が起こす奇跡は、超人的なことではなく、誰もができるかもしれないが、ふつうはあきらめてしまうことをする、というところである。

この映画の原題は"Cool hand Luke"だが、この題名は、彼がポーカーをしたときに、自分のカードには何の役(hand)もなかったにも関わらず、最後まで降りずに、掛け金を取ったことに由来している。(ポーカーでは自分以外のプレーヤーがすべて降りた場合は、その人の勝ちになる)このクールなハンド(役)で勝ったルークを、囚人たちはクール・ハンドと呼ぶようになる。

脇をかためる俳優たちもとても魅力的だ。ジョージ・ケネディはこの役でアカデミー賞助演男優賞を受賞した。他にも若きデニス・ホッパーや、ハリー・ディーン・スタントン(弾き語りをみせてくれます)らが囚人役で登場する。

リメイクをつくるとしたら、ルーク役に、ブルース・ウィリスはどうだろうか。もう少し若いときの方がよかったと思うが、彼なら若いときよりも味わいのある演技を見せてくれることだろう。(ポール・ニューマンはこの役のとき42歳)

ルークを慕い、最後に彼を思う気持ちから彼を裏切ってしまうドラッグラインには、ラッセル・クロウ。彼はメインキャスト以外のオファーは断ってしまいそうだが、難しいこの役は彼に演じてもらいたいと思う。まずこの役は、体格がよくなくては務まらない。牢名主で、強面である。ルークを裏切る際の複雑な心情を描くことはかなり難しい演技だと思うが、彼ならきっと可能だろう。

無表情な看守役には同じ脱獄ものの映画で主役を演じたティム・ロビンス。

40年前の作品であるが、いまだにカルト的な人気を保つこの不思議な映画をぜひリメイクして欲しいと思う。

最後に、この映画のセリフでアメリカ映画協会(American Film Institute)が選ぶアメリカ映画の名ゼリフ第11位に選ばれているものを紹介しよう。

"What we've got here is failure to communicate."
「ここにいるのはコミュニケーションの落伍者だ」

象徴的でいい言葉だと思う。










DVD 暴力脱獄【ワイド版】
ポール・ニューマン代表作のひとつです。
暴力脱獄 [Soundtrack]
ラロ・シフリンのスコアが印象的です。

2009年6月7日日曜日

十二人の怒れる男



監督:スティーブン・ソダーバーグ

キャスト
ドン・チードル
ジュリア・ロバーツ
ジョージ・クルーニー
ブラッド・ピット
マット・デイモン
バーニー・マック
ケイシー・アフレック
スコット・カーン
カール・ライナー
エリオット・グールド
エディ・ジェイミソン
アンディ・ガルシア


注意:ネタバレあります。

2004年5月に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立、公布され、2009年5月までに日本でも一般市民が裁判に参加する「裁判員制度」がスタートすることになった。

アメリカでは日本で予定されている「裁判員制度」とは少し形は違うが、一般市民が裁判に参加する「陪審員制度」がある。その裁判では、裁判官ではなく陪審員に選ばれた12人が、有罪か無罪かを検討する。被告人の人生を左右する決断だけに、その決定にはかなりの慎重さが要求される。

陪審員制度は、これまでに多くの映画の題材になっている。最近では、「ニューオーリンズ・トライアル」(2003年)が記憶に新しいところだ。他にも、そのものずばりのタイトル「陪審員」(1996年)や「評決」(1982年)など、あげればキリがないほど、この題材は映画に使われてきた。

そのような「陪審員制度」を扱った映画の中でも、最も有名なものは、やはり「十二人の怒れる男」(1957年)だろう。



今回は「十二人の怒れる男」のリメイクを考えてみたいと思う。

まずは、興行面だが、日本ではかなりの観客動員が見込めるのではないだろうか。
「裁判員制度」が始まるということで裁判に対して関心が高まってきている。

しかし世界市場で、特にアメリカにおいては少し興行面で難しいかもしれない。「陪審員制度」という題材はすでに目新しいものではないことに加えて、「十二人の怒れる男」は1997年にテレビ映画としてリメイクされている。そしてそのリメイクの出来がすこぶるいい、ときている。主演ジャック・レモンに共演はジョージ・C・スコット。すごいキャストである。なぜテレビなのだろう。

ということで、「十二人の怒れる男」のリメイク映画では、それを上回る新しい要素が必要になる。スターを集めた映画は、その出来はともかく、話題になることが多い。そこで、「オーシャンズ12」のメンバーでこの映画をリメイクしてみるのはどうだろうか。

ちょうど12人である。アンサンブルにも問題ない。

キャストを考える前に、この物語を簡単に紹介したいと思う。

ニューヨークの法廷で、17歳の少年が父親殺しの容疑にかけられている。法廷に提出された証拠や証言は、圧倒的に少年に不利なものだった。
集められた12人の陪審員は、全員一致での評決を求められる。

検察側の証拠があまりにも揃っているので、陪審員たちはさっさと少年を有罪にして家路につきたいと考えていた。そして第一回の評決が行われた。
結果は有罪11に無罪が1。無罪票を投じたのは8番陪審員だけだった。
状況証拠から考えると明らかに少年が有罪に思える事件だが、8番陪審員は有罪と決める前に十分に話し合おうという意図から無罪票を投じたのだった。

そして全員で一つひとつ証拠を検討していくことになる。意見を交わすうちに、証拠や証言の正確性に陪審員たちは疑問を持ち始める。評決が行われるたびに、無罪票が増えていった。ついには、ひとり最後まで頑迷に少年を有罪だと決めつけていた3番陪審員までが少年が無罪であると認めることになる。こうして全員一致で無罪の評決に達した12人はお互いの名前も知ることもなく、陪審室を去るのだった。

映画では主役の第8番陪審員は名優ヘンリー・フォンダが演じている。最後まで抵抗を続ける3番陪審員は、リー・J・コッブ。このキャラクターは被告と自分を裏切って家出している息子を重ねて見ていて、被告の少年を有罪と決め付けているのだった。

リメイクのキャストだが、8番陪審員には、ドン・チードルはどうだろうか。「ホテル・ルワンダ」でも見事な演技を披露していた。

そして最後まで、有罪を主張する3番陪審員にはジュリア・ロバーツ。「エリン・ブロコビッチ」では見事裁判で和解金をせしめた彼女だが、ここでは一転、最後に自分の主張を曲げることになる。彼女が被告と自分の息子を同一視しているという設定は無理だろうから、彼女に暴力をふるっていた元旦那にその少年が似ていることにしよう。
ジュリアには、ぜひ、リー・J・コッブばりに迫力満点で「あいつが犯人に決まっているだろうが!」と叫んでもらいたいものだ。

オーシャンの仲間が陪審員を演じているので、アンディ・ガルシアには被告の少年(?)役を演じてもらうことにしよう。そうすれば、ジュリア・ロバーツの元旦那に似ているという設定にも無理がなくなる。

どうせ「オーシャン…」の続編でキャストがまた集まるのだから、その流れで(?)この映画も製作してみてはどうだろうか。
by ブック・オーシャン










DVD 十二人の怒れる男
白熱した議論がスリルを生む密室劇。アメリカ映画史に残る傑作ドラマ。
オーシャンズ 12 特別版 (初回限定 BOX仕様)
本編(約125分)+映像特典(約41分)+オリジナル劇場予告編

2009年6月6日土曜日

チャイナタウン



監督:チャン・イーモウ

キャスト
トニー・レオン
チャン・ツィイー
アンソニー・ウォン


ジャック・ニコルソン主演、ロマン・ポランスキー監督の「チャイナタウン」(1974年)はとても脚本のよい作品だった。今回はこの作品のリメイクを考えてみたいと思う。

この作品は続編が作られている。この作品が気に入り、他の探偵の役は演じたくないとオファーを断っていたジャック・ニコルソン自身が監督している。(黄昏のチャイナタウン

実は、この「チャイナタウン」はロサンジェルスの開発の腐敗を描く3部作として計画されていたそうである。まず、水道局に関しての「チャイナタウン」、ガス会社に関しての「黄昏のチャイナタウン」(1990年)、そして高速道路の問題を扱った"Cloverleaf"(このタイトルは、インターチェンジの名前からとられている)。残念ながら、第三作目は、映画化されていない。もちろん第二作目がヒットしていたら作られただろうが。



このロスアンジェルスの汚職と陰謀を描いた「チャイナタウン」はいくつかの面で非常に興味深い映画だ。

まずは、キャストのアンサンブルがそのひとつに挙げられる。キャストのひとりであるジョン・ヒューストンは映画の中で、ジャック・ニコルソン演じるジェイク・ギテスに向かい「君は私の娘と寝ているのかね?」と問いかける。

実際、当時まだマスコミには知られていなかったが、ジョン・ヒューストンの娘(アンジェリカ・ヒューストン)と付き合い始めていたジャックにとってはカメラの外でも、同時進行で同じ状況がつくられつつあった。

監督の人選もそのひとつだ。監督であるロマン・ポランスキーは1969年8月、妻のシャロン・テイトがチャールズ・マンソンを信奉する女性狂信的(カルト)教団に殺害されるという事件があり、傷心の中に撮った「マクベス」は製作会社の「プレイボーイ・プロダクション」とのもめごとに発展しており、ハリウッドからは敬遠される存在になっていた。

その才能を買っていた友人でもあるジャック・ニコルソンが主演でなければ、この二人の共同作業は実現しなかったといえる。数年後にロマン・ポランスキーは13歳の少女をレイプした罪で告訴され、逮捕を逃れて、ヨーロッパへ逃亡してしまうため、「チャイナタウン」は彼のアメリカでの最後の映画となってしまった。

あの映画全体を貫くノスタルジックな雰囲気、悲劇的なエンディングは、彼が参加していなかったらまったく別のものとなっていただろう。

この映画の題名は「チャイナタウン」だが、中国人キャストは出てこない。これを中国人キャストでリメイクしたらどうだろうか。舞台は開発の進んでいる上海が合うように思う。

この映画は、汚職、陰謀というテーマを扱っており、アメリカの30年代の開発の様子を描いている。社会問題になるほど多くの公務員の汚職が摘発されている中国では、タイムリーな内容ではないだろうか。

主演は、トニー・レオンとチャン・ツィイー、ジョン・ヒューストンが演じた町の実力者には、「インファナル・アフェア」でマフィアへ潜入捜査官を送り込む警視を演じたアンソニー・ウォンはどうだろうか。

題名は「アメリカンタウン」がいいと思う。
by ブック・オーシャン

参考:The Internet Movie Database
    「ジョーカーズ・ワイルド」ジョン・パーカー著









チャイナタウン 製作25周年記念版
クールなジャック・ニコルソンがかっこいいですね。
黄昏のチャイナタウン
「チャイナタウン」の続編。

2009年6月5日金曜日

タワーリング・インフェルノ



監督:ミック・ジャクソン

キャスト
ブルース・ウィリス
ハリソン・フォード


ポセイドン・アドベンチャー 」がリメイクされた。
パニック・ムービーですぐに思い出されるのは、「ポセイドン・アドベンチャー」の2年後に製作された大作「タワーリング・インフェルノ」だ。

同じ製作者による、エキストラの多くも「ポセイドン・アドベンチャー」に引き続いて出ているこの映画は、成功を収めたパニック・ムービーの二匹目のドジョウをねらって製作されたわけだが、オールスターキャストと前作で培ったテクニックを駆使して「ポセイドン・アドベンチャー」を超える大成功を収めた。



主演は、スティーブ・マックィーンとポール・ニューマン。他の出演者は、ウィリアム・ホールデン、フェイ・ダナウェイ、フレッド・アステア、ジェニファー・ジョーンズ、ロバート・ヴォーン、ロバート・ワグナー。

数々の名作に主演した役者がずらりと並ぶ。彼らの演技を見るだけでも価値がある。それぞれの役者が絡むエピソードの出来もいい。フレッド・アステアとジェニファー・ジョーンズのエピソードはそれだけでもひとつの映画ができそうだ。

メインのストーリーは、シンプルである。
世界で最も高いビルが建設され、その落成式パーティーの最中にビルの中で火災が起きる。火災した階(81階)よりも上で(135階)でそのパーティーは開かれていたため、人々は行き場を失う。なんとか現場までかけつけた消防士のオハラハン(スティーブ・マックィーン)とそのビルを設計したロバーツ(ポール・ニューマン)は生き残った人々を救出しようと試みるが・・・。

さて、この映画をリメイクの可能性はあるだろうか。

結論からいうと、かなり難しいと思う。

できれば見てみたいと思うのだが、9・11の同時多発テロが起きたあとでは、高層ビルの悲劇というテーマは、扱いづらいだろう。
アメリカ国内ではこの映画のテレビ放送も問題視されるのではないだろうか。

事実、この映画の原作となった"The Tower"と"The Glass Inferno"のふたつの小説は世界貿易センターが建設されたことにインスパイアされて執筆されている。(映画の題名の「タワーリング・インフェルノ」と火災を起こすビル「グラス・タワー」は、このふたつの小説の題名を混ぜ合わせてつけられている)

あのテロ被害の模様を見て、「タワーリング・インフェルノ」のシーンを思い出した人は多いと思う。

もちろん、悲劇の引き起こされた状況は大きく異なる。(「タワーリング・インフェルノ」では設計通りに配線工事が行われなかったため)

それでも、重なるイメージは多い。

いい作品だけに、新しい映像技術、キャストで見てみたいと思うが、もう少し年月が経たないと難しいだろう。残念である。









タワーリング・インフェルノをamazon.co.jpで見る。
スティーブ・マックィーンの仕事ぶりに憧れます。

2009年6月4日木曜日

キャラクター 愉快な人の肖像



監督
ポール・トーマス・アンダーソン

キャスト
スティーブ・マーティン
アダム・サンドラー

「愛憎」という言葉がある。三省堂の国語辞典によると「個人に対する好ききらい」という意味らしい。「好ききらい」というレベルなら、この映画を愛憎劇とは呼べない。「キャラクター 孤独な人の肖像」(1997)のキャラクターたちは、お互いに生死をかけて相手を愛し、憎みあう。

そのあまりの徹底さに、起こっていることは悲劇なのだが、カタルシスよりもある種の美しささえ感じてしまう。

映画自体は素晴らしい作品(アカデミー賞外国語映画賞を受賞している)で好きな作品だが、登場人物たちの生涯はあまりにも悲しすぎて、違った行動をとって悲劇を回避したらどんな人生を送っただろうと考えてしまう。

そこで、この映画の登場人物たちを底抜けに明るくして、同じ状況だが、その中で彼らがどのように生涯を送るのかを考えてみたい。



まずはオリジナルの映画のストーリーを紹介しよう。(注:ネタバレあります)

舞台はオランダ、ロッテルダム。
映画は、弁護士のヤコブ=ヴィレム・カタロドーフが警察で取調べを受けているところからはじまる。容疑は絶大な力を持ち債権を回収する執行官ドレイブルハーブン殺害に関してだ。

そこで、ヤコブはドレイブルハーブンとの関係を振り返る。

ヤコブはドレイブルハーブンとその家政婦とのあいだに生まれる。二人は一夜限りの関係だった。家政婦は子供ができたことを告げ、ドレイブルハーブンのもとを去る。

ドレイブルハーブンは彼女に結婚を申し込むが、彼女はそれを拒否する。

そしてヤコブが生まれる。母親は彼に対して冷たく接する。やさしい言葉ひとつかけてもらえないヤコブは読書に慰みを求めるようになる。

成人したヤコブは家を出る決意をし、国民信用金庫から金を借りて煙草屋を買い取るが、煙草ではなく藁くずをつかまされ、莫大な借金だけが残ることになる。

彼は無収入だったため、借金返済の執行停止を弁護士が裁判所に提案した。そして同時にその弁護士は彼を書記として雇うことにする。

定収入のできた彼に再び、借金返済を国民信用金庫から求められる。じつは、国民信用金庫はドレイブルハーブンのものだったのだ。ドレイブルハーブンはヤコブが実の息子であると知りながら、彼にはそのことを告げず、給料天引きでヤコブから借金を取り立てる。

地道に働き続け、すべての借金を返済したヤコブは、弁護士を目指すため、再び、ドレイブルハーブンから借金することになる。しかしそれには条件があって、ドレイブルハーブンが求めたときは、その全額を払わなければならないというものだった。

ヤコブはその法律事務所でひとりの女性に恋をする。彼女に自分の気持ちを打ち明けてはいなかったが、お互いに気持ちが通じ合っていると感じていた彼は、彼女が見知らぬ男性と海岸にいることを目撃し、彼女を避けるようになる。

弁護士事務所の事務局長が使い込みをしたことで、彼がその事務局長に任命される。しかしその直後にドレイブルハーブンがそれを阻止するかのように、借金の全額返済をヤコブに求める。

裁判で争った末、ヤコブが勝訴する。

その後、勉強に打ち込んだヤコブは、ついに国家試験に合格し弁護士になる。母親は、結局、誰にもこころを開かないままひっそりと死んでしまう。

彼は、ドレイブルハーブンの家を訪れ、数々の自分の成功に対する妨害工作の恨みを彼に告げ、格闘になる。

ヤコブはドレイブルハーブンを痛めつけただけで、その場を立ち去るのだが、そのあとで、父は自殺する。

物語の最後、父親が息子に多額の遺産を譲る遺書を残していることがわかる。

この映画を見ていなければ、こんなに暗い物語がおもしろいのだろうか、と疑うかもしれないが、この映画は間違いなく傑作である。カメラワーク、衣装、音楽、演技、どこをとっても素晴らしく、ストーリーと完全に一致している。

ではなぜ、リメイクを希望する? と思うかもしれないが、わたしはこのキャラクターたちの行動が個人的に気に入らないのだ。キャラクターの行動が気に入らない映画が素晴らしいと褒めるのも変な話だが、この気に入らない行動が映像に完璧にマッチし、美しいと感じてしまうのだから、不思議な映画である。

具体的にどこが気に入らないのかというと、まず母親の子供に対する接し方だ。ドレイブルハーブンのことを憎んでいるのか、彼からの求婚を拒み続けるのは本人の自由だが、その子供に罪はない。

貧しくても、子供には明るく、楽しく過ごさせてやろうとすることが親の義務ではないだろうか。せめて養育費ぐらいはもらうべきである。(時代背景もあるだろうが・・・)
こんな母親は監禁して「ライフ・イズ・ビューティフル」を繰り返し2日間ぐらいノンストップで見せ続けて子供を楽しく育てるように洗脳したくなる。

そして父親のドレイブルハーブンだ。求婚を断られ続けて、子供のことに関して罪悪感を感じるのは自由だが、母親と子供を同一視してか、自分の地位を利用して子供を苦境に立たせるのは屈折している。そして最後には遺産を残して死んでいく。一体何がいいたい、ドレイブル。

息子のヤコブも同じだ。自分の恋愛が実らなかったのは残念だし、父親の数々の妨害にあったことは可愛そうだと思うが、暴力で父親を打ち負かそうとするとは、彼もまた間違った方向へ進んでいる。

かつてスタンリー・キューブリックは、核戦争をモチーフにしたシリアスな原作を「博士の異常な愛情」という傑作喜劇に作り変えた。本編の映像には残されなかったが、映画のラストでは、作戦会議室の中で、大統領を含めた国の要人たちにパイ投げ合戦をさせたというから彼の想像力は異常、失礼、天才的だ。(実際に撮影されたそうである)

そこでこの映画を彼に見習って底抜けに明るく、抱腹絶倒のコメディにリメイクしたらどうなるだろうか。

まずは、父親はオリジナルでは泣く子も黙る債権取立ての執行官だが、リメイクでは泣く子も笑うベテランコメディアンにしてみよう。

舞台は、アメリカ、ニューヨーク。
主なストーリーは同じで、母親はドレイブルハーブンからの求婚を断り続けて生活は苦しいのだが、彼女もまた元プロのコメディエンヌ(ドレイブルハーブンの弟子)でドレイブルハーブンとの一夜限りの関係でできた子供にはどんなときも笑いだけは忘れないように明るく育てる。

そして息子もやがて、プロのコメディアンになることを決意する。

ドレイブルハーブンは母親に自分の求婚が断られ続ける腹いせに、息子がお笑いライブができないように自分の力が及ぶ限りあちこちの劇場に圧力をかける。(ドレイブルハーブンの性格はオリジナルと同じでヒールを演じてもらおう)

それでもなんとか理解者を見つけ、地道にお笑い活動を続けた息子のヤコブはいつしか若手コメディアンのホープと呼ばれるまでになる。

ある雑誌のインタビューで、ヤコブは名コメディアンのドレイブルハーブンとのスタンダップコメディ対決をしたいと語る。

それをテレビ局が企画してドレイブルハーブンのもとを訪れるが、彼はこれを拒否する。

それでもヤコブはあちこちのメディアにその要望を訴え続け、大衆を見方につけることに成功する。

ファンの要望が強くなったため、しぶしぶドレイブルハーブンはその対決を受けることにする。

いよいよ対決当日。
政治家の物まねや、社会風刺などの知的ネタで、堅実な笑いをとるドレイブルハーブンに対し、ヤコブはドレイブルハーブンが嫌う放送コードぎりぎりの下ネタで、大爆笑をとる。

そしてヤコブが自分たちのルーツであるオランダ人を茶化した自虐ネタを披露し始めると、ついにドレイブルハーブンの怒りは頂点に達し、舞台上のヤコブにマイクを振りかざし、襲いかかった。舞台上でもみ合うふたりだったが、観客はこれがふたりのコントであると勘違いし、おおいに盛り上がる。

そのまま幕が閉じ、ふたりはそれでも組み合っていたが、突然、ドレイブルハーブンが心臓発作に襲われる。

急変を知ったヤコブはすぐに父を病院へ運ぶ。

手術室に運ばれる途中で意識を取り戻したドレイブルハーブンはそばにいるヤコブを見つけると、ヤコブのお笑いライブでのダメだしを始めた。ネタの扱い方、間の取り方、小道具の使い方、そして客のいじり方に及ぶまで、細かいことをくどくどとヤコブにいい始めた。

手術が開始される直前まで、ドレイブルハーブンはヤコブがデビューしてからの舞台のパフォーマンスに関して自分が気づいた点をヤコブにまくし立てるのだった。

そして、手術台の上に載せられた瞬間、ドレイブルハーブンは息を引き取った。

ドレイブルハーブンの葬式当日、彼の弁護士が、ヤコブにドレイブルハーブンから預かったというネタ帳を手渡した。

そのネタ帳のネタはほとんどが時代遅れで、ヤコブにはおもしろくなく使えないものばかりだった。ヤコブはそのネタ帳を複雑な思いで見つめるのだった・・・。

こんな物語はどうだろう。
「キャラクター 孤独な人の肖像」の原作はオランダでは20世紀を代表する小説らしいので、このように映画化したら、熱烈な原作ファンから訴えられそうな気がする・・・。









DVD 「キャラクター 孤独な人の肖像」
第70回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品。これが監督デビュー作というからなんともすごい人です。